歯を失った際の治療法であるインプラントは、顎の骨にインプラント体を埋入する外科手術が必要となります。インプラント治療を成功させ、良好な予後を得るためにも、インプラント体と顎の骨がしっかりと結合することが重要です。しかし喫煙をしている場合、インプラント体と骨の結合を阻害し、また治療後のトラブルを引き起こすリスクが高くなってしまうのです。
喫煙がインプラント治療に及ぼす悪影響
骨結合を妨げる
タバコの中には多くの有害物質が含まれており、中でも「ニコチン」は血管の収縮作用があるので、歯茎の血流が悪くなってしまいます。さらに煙に含まれる「一酸化炭素」は、体内の血中ヘモグロビンと結合して酸素の供給を妨害するため、血液が酸欠状態になります。血流が悪く酸素の供給量も減ってしまうことにより、歯茎に酸素や栄養が行き届きづらくなってしまうことで術後の治癒が遅くなるだけでなく、インプラント体と骨との結合もしづらくなり、インプラント治療が失敗してしまう恐れもあるのです。
歯茎が細菌感染するリスクが高くなる
タバコに含まれるニコチンは、免疫機能を抑制する作用もあります。ニコチンは体内の免疫組織である白血球の中の「好中球」の機能を低下させ、「マクロファージ」による抗原提示機能(細胞内に取り込まれた異物の一部を抗原として細胞膜外に提示する機能)も抑制します。さらに、粘膜面での局所免疫に関与する「免疫グロブリンA」、細菌やウイルスなどに対し生体反応を示す「免疫グロブリンG」の低下を招きます。また、歯肉繊維芽細胞の組織を修復する「細胞接着因子」の産生や「コラーゲン合成」の抑制、「歯根膜細胞」の付着能力および増殖を抑制させることにより、歯周組織の修復を阻害します。これらが要因となることで、喫煙者は歯茎の修復が遅くなったり炎症を起こしやすく、歯茎が細菌感染するリスクが高くなるのです。
唾液の分泌が減少する
喫煙は口腔内の唾液を減少させてしまう傾向にあります。唾液には「自浄作用」や「殺菌作用」などの働きがあり、分泌することで口腔内の細菌の増殖を抑制しています。しかし喫煙により唾液の分泌量が減ってしまうと、口腔内に細菌が増殖して歯周病などのリスクを高くしてしまうのです。インプラントは虫歯にはなりませんが、インプラントの歯周病である「インプラント周囲炎」に罹患するため、喫煙をすることでインプラント周囲炎のリスクも高くなります。事実、喫煙者は非喫煙者に比べて歯周病やインプラント周囲炎に罹患するリスクが数倍も高くなり、さらに1日10本以上喫煙する方はリスクがより高くなるといわれています。
喫煙が口腔内に及ぼす悪影響
口臭が強くなる
タバコに含まれる「タール」は、口臭の原因となります。タバコを吸った際にフィルター部分にできる茶色のシミはタールによるもので、口腔内にも「ヤニ」として強固に付着します。ヤニには独特のにおいがあるため、口腔内にヤニが付着することにより口臭を発してしまうのです。また、ニコチンが歯茎の毛細血管を収縮させることで、唾液の分泌量が減ってしまいます。唾液の分泌が減少し口腔内の酸素濃度が低下することによって、嫌気性菌が活性化し、剥がれた粘膜上皮や血球成分、死んだ細菌などのタンパク質成分などを分解することで、「揮発性硫黄化合物」(VSC)が発生してしまい、強い悪臭を放つようになるのです。インプラント治療後も喫煙を続けている限り、タバコに含まれるタールやニコチンによって口臭はなくなることはありません。
歯周病やインプラント周囲炎のリスクが高くなる
喫煙をすることで歯茎が炎症を起こしやすくなり、また細菌感染しやすくなります。また唾液の分泌量も減少するので、細菌の増殖にも繋がります。そのため、歯周病やインプラント周囲炎に罹患するリスクが高くなるのです。特にインプラント周囲炎は痛みなどの自覚症状がほとんどない上に、喫煙者の歯茎は腫れや出血が見た目からも抑えられてしまうため、悪化するまで気付かない場合が多いです。症状が重症化してしまうと、最悪の場合インプラントが脱落する恐れもあります。
禁煙と定期的なメンテナンスをお勧めいたします
喫煙を続ける限り、インプラントのトラブルのリスクは回避することができません。インプラント手術前は禁煙する必要はありますが、治療後も口腔内トラブルや体の健康のことを考えて、インプラント治療を良い機会として禁煙して頂くことをお勧めいたします。また、ご自身での歯磨きなどのセルフケアを正しくおこなうとともに、歯科医院での定期的なメンテナンスを受けることが重要です。メンテナンスでは口腔内やインプラントの状態、噛み合わせなどの確認をおこない、専用の機器を使用した歯のクリーニングによって口腔内の歯垢や歯石、バイオフィルムなどもキレイに除去することが可能です。禁煙と歯科医院での定期的なメンテナンスを徹底することで、インプラントを長期間快適に使用することができるのです。