私たち日本人が歯を失ってしまうもっとも多い原因は、歯周病です。この歯周病ですが、30歳代の約8割の方が歯周病もしくは初期段階の歯肉炎に罹患しているといわれており、年齢を重ねるごとに歯周病の罹患率も高くなることから、歯を失うリスクも同時に高くなってしまいます。歯を失った際の治療法として様々なメリットのあるインプラントですが、人工歯のため虫歯になることはありません。しかし、適切な口腔ケアやメンテナンスを怠ってしまうと、インプラントの歯周病である「インプラント周囲炎」に罹患することがあるのです。
インプラントは人工歯なので、炎症や出血、痛みなどの自覚症状が天然の歯よりも見られにくく、ご自身では気付くことが難しいことから、特に初期段階のインプラント周囲炎(インプラント周囲粘膜炎)は放置してしまいがちで、症状に気付いた時にはかなり進行していることも少なくありません。また天然の歯は歯肉(歯茎)、セメント質、歯根膜と歯槽骨といった「歯周組織」によって維持されていますが、インプラントの場合はセメント質と歯根膜は存在せず、歯肉と歯槽骨、それと骨とインプラント体との骨結合によって維持されています。この組織の構造の違いから、インプラントは免疫機能が効果的に発揮することができず、歯周病菌などの細菌に対する抵抗力が弱くなってしまうのです。インプラント周囲炎によって顎の骨が溶かされる速さは、歯周病の約10倍ともいわれており、急速に進行してしまう傾向にあります。
インプラント周囲炎の原因
歯周病の原因は、細菌の塊である歯垢(プラーク)中の歯周病菌です。歯周病は口腔内が不衛生になってしまうことで、歯垢や歯石が歯と歯の間や歯と歯茎の溝などに溜まり、歯茎が感染し炎症を起こしてしまう疾患です。また、糖尿病の疾患を持っている場合、免疫力の低下などによって術後の傷口の治癒の遅れや、骨結合に悪影響を及ぼす危険性があり、インプラント周囲炎に罹患するリスクも高くなります。その他に喫煙をする方も、タバコに含まれる「ニコチン」は免疫を働かせている白血球の機能を低下させるため、歯茎が炎症を起こしやすくなります。また、歯茎の血管を収縮させてしまうので血流が悪くなります。さらに煙に含まれる「一酸化炭素」が、歯茎への酸素や栄養供給を阻害するため、インプラント周囲炎のリスクが高くなってしまうのです。インプラント周囲炎は口内環境だけでなく、全身疾患や生活習慣とも大きく関係しているのです。
インプラント周囲炎の症状
インプラント周囲炎は歯周病と同じく、インプラント体を埋入した歯茎が歯周病菌に感染してしまい炎症を起こす疾患です。炎症が広がることにより、歯周ポケットが形成されてしまうと、嫌気性菌である歯周病細菌は繁殖を続け、歯槽骨にまで炎症が広がると骨を溶かし始めます。歯槽骨が溶かされ続け、インプラントを支えることができなくなると、徐々に歯が動揺を始め、最終的にインプラントが脱落してしまいます。インプラント周囲炎は歯周病以上に自覚症状が見られくいことから、一度罹患すると重症化してしまいインプラントが脱落するリスクが高くなります。さらにインプラントの脱落だけでなく、口腔内の食べカスに含まれる糖質を代謝して毒素や炎症性サイトカインを放出し、これらが血流に乗って全身に運ばれてしまうことにより、動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞などの血管障害や、糖尿病といった全身疾患を発症・悪化させる危険性もあります。
また、インプラント周囲炎はインプラント治療をした部分以外にも悪影響を及ぼしてしまう可能性があります。症状が進行してインプラントが不安定になると、噛み合わせのバランスが悪くなり、他の歯に過剰な負担が大きくかかることで、様々なトラブルの要因になりますし、症状が進行するとともに歯周病菌も増殖することから、健康な歯にまで歯周病を引き起こしてしまうリスクもあるのです。
インプラント周囲炎の予防法
インプラント周囲炎を予防するには、口腔内の歯垢をキレイに除去し、清潔な口内環境を保つことが重要です。そのため、毎日のご自身での歯磨きの際には、歯間ブラシやデンタルフロスなどを効果的に使用した正しいセルフケアをおこなう必要があります。しかしながら、患者さんご自身でのセルフケアだけでは口腔内のすべての汚れを除去することはできないので、定期的に歯科医院でメンテナンスを受けることが大切です。
歯科医院ではご自身では除去できない歯石などを専用の機器を用いてキレイに除去することが可能です。同時に口腔内やインプラントの状態も確認することで、トラブルを未然に防ぐことも可能となることから、インプラントを長持ちさせることにも繋がります。長く快適にインプラントを使用するためにも、正しいセルフケアと定期的な歯科医院でのメンテナンスを受けるようにしましょう。